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100人のプロが選んだソフトウェア開発の名著 君のために選んだ1冊

翔泳社が主催する Developers Summit 2012、通称デブサミの 10 周年を記念して発売された、技術者のための名著100選です。私、赤坂玲音が書かせていただいた部分を全文転載します。一部、書籍とは異なる部分があるのでご了承ください。

業界の著名人が選んだ100冊

2012年2月16日に開催される Developers Summit 2012 で、開催 10 周年を記念して「100人のプロが選んだソフトウェア開発の名著 君のために選んだ1冊」が刊行されます。日本の技術業界で著名な 100 人が推薦する 100 冊の、ソフトウェア開発と技術者のための名著が紹介されています。これから技術を勉強したい人、より深く自分の技術者としての価値を高めたいと考えている人は、ここで挙げられた本を手に取ってみてはいかがでしょうか。

100人のプロが選んだソフトウェア開発の名著 君のために選んだ1冊
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そして私、赤坂玲音も僭越ながらこの企画に参加させていただいております。どの本を選ぶか、数日間、結構本気で悩んでいました。実用的な技術書もお勧めしたいところでしたが、技術なんてのは仕様書を読んで、後は自分でコードを書いて学べばいいし、技法的な部分は、その技法の価値が理解できるレベルになれば自然と身に着けられるものです。

技術者は、目先の技術にとらわれず、幅広い視野を持つべきだと思っています。しかし、現実にはプログラミング言語やプラットフォーム、あるいはメーカーなどの好き嫌いで技術に偏見を持ち、それで意思決定が行われている現場が数多くあります。私たち技術者は歴史から学び、未来を見据えて、視野を広くして技術を考えていかなければなりません。

こうしたことを踏まえて、ゼロックスのパロアルト研究所が最も輝いていた時代を記録したノンフィクションの伝記である「Dealers of Lightning: Xerox PARC and the Dawn of the Computer Age」を紹介させていただきました。現在、私たちが当たり前のように使っているパーソナル・コンピュータを構成する基礎技術の数々が、このパロアルト研究所で生まれ育ちました。天才科学者たちがどのように集まり、何を考え、何を実現したのか、この本から読み取ることができるでしょう。

情報の世紀 ~それはパロアルトから始まった~

2011年は、本当にいろいろな出来事があった一年でした。私たちにとっては東日本大震災という辛い試練が与えられた年でもあります。

一人の技術者として、この一年の出来事を振り返るのであれば、忘れることができない重大なニュースがあります。2011年10月5日、Apple創業者の一人でありCEOを務めていたスティーブ・ジョブズ氏が亡くなりました。

スティーブ・ジョブズ氏とMicrosoft創業者の一人であり会長を務めるビル・ゲイツ氏の二人はパーソナル・コンピュータ市場を開拓し、成功を収めた事業家として歴史にその名を刻むでしょう。故に、互いにライバルとして比較されることが多く、今なお両社の製品は熾烈な競争を繰り広げています。しかし、WindowsやMac、そしてスレートPCなど両社が得意とする製品の基礎技術は、彼らが発明したものではありません。その概念は1960年代にはすでに生まれていました。

Appleの創業からスティーブ・ジョブズ氏とビル・ゲイツ氏の関係を描いたドラマ「Pirates of Silicon Valley(邦題:バトル・オブ・シリコンバレー)」の中で、Windowsを見たジョブズが、ゲイツにMacintoshを盗んだだろうと詰め寄る場面があります。そこでゲイツは「僕たちにはお金持ちの隣人がいた。ゼロックスだ。そこはいつもドアを開けっ放しにしていた。君はTVを盗みに入ったが、僕が先に盗んでいた。それを君は、自分が先に盗みたかったと言っているようなものだ。」と切り返します。

このゼロックスこそ「Dealers of Lightning」で語られる舞台の中心、ゼロックス・パロアルト研究所のことです。

Dealers of Lightning: Xerox PARC and the Dawn of the Computer Age
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今日のパーソナル・コンピュータを形成するグラフィカルなディスプレイ、マウス、ウィンドウシステム、オブジェクト指向プログラミングなどの技術は、当時全米から最高の科学者が集められたゼロックス・パロアルト研究所を起源としています。

この本は、当時の関係者への取材を中心に、どのような事情でパロアルト研究所が誕生し、どのようにして各地から一流の天才を集めたのかといった設立経緯から、世界初のパーソナル・コンピュータ試作機「Alto」の誕生、そしてスティーブ・ジョブズ氏が研究所に訪れたことまで時系列で語られています。

この時代のコンピュータは大型冷蔵庫を数台並べたようなサイズで大学の部屋を一室占有し、それを複数の利用者が共有するタイムシェアリングが前提で運用されていました。「パーソナル・コンピュータ」という概念そのものが生まれていない時代です。

当時の概念では、コンピュータを一人で使用するのは航空機を一人で占有するような、あり得ない浪費以外の何物でもなかったと例えられています。その時代に、持ち歩ける大きさの個人のためのコンピュータ「ダイナブック」を提唱し、やがて論文「Personal Dynamic Media」でパーソナル・コンピュータの概念を確立した人物こそ、アラン・ケイ博士です。同氏の有名なスローガン「未来を予測する最良の方法は、それを発明することだ」(The best way to predict the future is to invent it!)の発言経緯も語られています。

「Dealers of Lightning」は、断片的でありながらもパロアルトで勤務していた科学者たちの証言に基づいた、そこで働き研究していた「人と現場」に焦点を当てた数少ない記録です。国内ではKindle版が最も安く簡単に手に入れられます。毎日コミュニケーションズから日本語訳版「未来をつくった人々」が出版されていましたが、残念ながら絶版となり、今では入手が難しいでしょう。

未来をつくった人々―ゼロックス・パロアルト研究所とコンピュータエイジの黎明
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私は6年ほど、非常勤で専門学校に通う学生たちに技術を教えてきました。彼らの多くは新しい技術を学習することに手一杯で、過去の技術を振り返る時間はありません。しかし、このままではいけないのです。技術が高度に、複雑になるほど、その根源を理解することが重要になります。スティーブ・ジョブズ氏の功績を語る前に、歴史を学ぶべきなのです。

私たち技術者は次々と登場する製品や技術、目先の業務と成果にとらわれ視野が狭くなりがちです。一度立ち止まり、歴史から学び、未来を見据える必要があります。

この時代に、最も創造的かつ熱狂的な技術者という職に誇りを抱いて。